産科婦人科学
沿革
加藤宏一教授、小林充尚教授
本講座の始まりは、初代教授の加藤宏一が本校に着任した昭和49年4月とされており、当初は加藤と、同じ千葉大学出身で後の分娩部教授の小林充尚(当時助教授)、助手の牧村紀子(後に講師、日大薬学科)の3名が発足時のスタッフであった。当時はまだ教官棟・病院等が建設中であり、病院が正式に開院したのが、昭和52年12月と記録されている。
これに前後する形で、新たに永田一郎(当時講師、後の2代教授、千葉大)、関 克義(講師、、後に千葉大学教授、千葉大)石田雅巳(講師、日本医大)、黒田浩一(後に分娩部講師、東京医歯大)が着任され、続いて助手として中島(東京医歯大)、須永 光(日本医大、後に海上自衛隊医官)、高橋興一(杏林大)が加わっている。
昭和54年6月以降には、上里忠司(助手、現在愛和病院長、岩手医大)、百瀬(助手、埼玉医大)と古谷健一(順天堂大)が入局している。昭和55年4月には、全国国立大学附属病院で最初の分娩部が設立され、小林教授、黒田講師が就任した。さらに翌年以降は、菊池義公(講師、その後3代教授、千葉大)、木澤 功(助手、後に講師、千葉大)、大森景文(助手、千葉大)などが加わり、短期間の間に充実した臨床講座の陣容となった。
また技官として平田純子(指定講師、東邦大薬学部)と三井千栄子(昭和大薬学部)が着任するなど、医局の面々は幅広い世代であったが、医師たる幹部自衛官(自衛隊医官)を育成するという明確な目標に対し、非常に新鮮かつ大きなやりがいを感じ、皆仲が良く、活気に満ちていた。当時、年間分娩数が1,000件を超える年もあって、非常に多忙であったが、研究面では、(1)分娩発来機序の分子機構、(2)卵巣癌の新規治療戦略、(3)臨床超音波診断、などの分野が大きく進展した。また市川秀志(千葉大)が短期間入局した。
永田一郎教授
永田教授が在籍したこの期間は、本講座の診療・研究・教育が大きく飛躍した時期であった。臨床では、(1)産婦人科手術の定型化、(2)体外受精・胚移植(IVF–ET)の開始、(3)腹腔鏡下手術の導入、(4)卵巣癌治療の個別化と基礎研究、(5)性器脱の病態と手術など、産婦人科領域のほとんどの分野を含み、各医局員がそれぞれの分野で成果をあげた。
手術では広汎子宮全摘術や帝王切開などの開腹手術における「腹膜無縫合」術式の安全性と汎用性を本邦で確立した業績は特記される。当時学会等ではやや批判的な意見もあったが、その後多くの施設による追試がなされ、今日では広く普及している。研究では、成熟女性のQOLを低下させる「子宮内膜症の発症機序」をテーマの一つとして検討を進めた結果、IVF–ETの成果や腹腔鏡下手術の向上とともに、本疾患の背景には生殖免疫学という新たな研究分野が広がるに到った。
この間、産科婦人科および分娩部の医局では、数名の退職者に代って若手医師として豊泉 長(助手、埼玉医大)、高野政志(現教授、病院腫瘍化学療法部長、新潟大)、松田秀雄(講師、現開業、山形大)、田中壮一郎(助教、現開業、獨協医大)が入局するとともに、初めてのUC転官として分娩部に喜多恒和(4期、現奈良県総合医療センター)、笹 秀典(6期、現准教授)が着任した。
初代研究科(大学院)では4期の石川尚顕・今泉英司の両名が入校し、以後毎年のように卒業生が研究を開始し、医局員の世代交代とともに、お互い切磋琢磨する活発な医局になった。またこの時期に、防衛医大で最初のIVF–ETによる妊娠・分娩が成功し、以後の先端生殖医療の研究に貢献した。これは牧村・片山(非常勤講師)・古谷・三井のスタッフとともに、研究科(水本賀文・徳岡 晋・村上充剛)の協力の成果であった。婦人科腫瘍の研究では、戸出健彦(講師、現他勤務、千葉大)が入局し、スタッフと研究科(石井賢治・工藤一弥・藤井和之)の協力により、特に卵巣癌の基礎研究で大きな成果を挙げた。
一方、小林教授の分娩部では、最新の超音波診断による周産期のME研究がスタッフと研究科(吉田 純など)によって活発に展開された。また武藤伸二郎(講師、現他勤務、岩手医大)が着任した。講座における学会開催では永田教授がエンドメトリオーシス研究会、日本産婦人科手術学会、第100回日産婦関東連合学会(関東連合)などの多くの学術集会を主催した。特にミレニウム(2000年)の第100回関東連合は20世紀の総括と21世紀への期待を込めた学会として今でも多くの記憶に残っている。
菊池義公教授
菊池教授の専門は婦人科腫瘍学であり、就任後もこの方面の更なる充実を計ったが、他方では埼玉県西部地区における地域医療ニーズを踏まえて周産期医療の充実と院内の改革を実行した。
それまで院内では、未熟児室(準NICU)を含む小児科病棟は6階、分娩室を含む産科病棟は4階と分かれており、リスクのある新生児の管理に支障をきたしていた。そこで産科病棟の新生児室を2つに分け、一方を人工呼吸器の管理も可能な設備を置いて未熟児室を整備した。この改革によって人工呼吸器を必要とするハイリスク新生児等も正常新生児とともに一元的に運営することができるようになった。
またUC転官で工藤一弥(9期、現他勤務)が着任し、研究科には佐々木直樹・川上裕一の先生が入校した。一方がん治療に関しては、より優れた化学慮療法の確立を目指す「多施設臨床研究」が活発になり、当科もJCOG・JGOG等の研究グループに積極的に参加した。
古谷健一教授
- 沖縄県立北部病院への医師派遣(平成18年5月~平成19年3月):平成16年前後から、新臨床研修医制度の影響もあって全国の特に公立病院における産婦人科医の不足が顕著になり、多くの自治体病院で産婦人科が休診に追い込まれる事態になっていた。そうした中、沖縄県名護市にある県立北部病院で産婦人科医が全員退職した結果、年間約1,000件の分娩がある県北部の中核病院の支援に防衛医大から約1年間を通じて1名の産婦人科師を交代で派遣した。
- 福島県竹田総合病院への医官派遣(会津若松市:平成20年4月~6月):前述の沖縄派遣が終了した翌年、今度は福島県の周産期医療の困難な状況から、会津若松市にある地域周産期センターの総合病院に産婦人科専修医を1名派遣した。
- 分娩部の廃止:昭和55年に初代小林充尚教授によってスタートした病院分娩部は、当時の黒田講師、武藤講師、喜多助手、笹助手のスタッフによって一時は分娩数1,000件を超えていたが、医療環境の変化に伴い平成19年に廃止となった。
- UC転官および卒業生による講座スタッフの充実:永田教授および小林教授の時代に、喜多(4期)、笹(6期)がUC転官で分娩部スタッフとして着任した。喜多は婦人科腫瘍学とHIV母子感染を、笹は超音波診断学と細胞診を専門として、診療・研究・教育に尽力し、多くの後輩卒業生が産婦人科を専攻することに貢献した。菊池教授時代には工藤(9期)がUC転官し、婦人科腫瘍部門の充実を図った。古谷教授就任後は、婦人科腫瘍を専門とする佐々木(17期)および宮本守員(27期)がスタッフとして着任し、若手医師への教育・研究に貢献した。また講師として着任した吉田 純(10期:周産期医学・超音波診断学)、後藤友子(15期:婦人科腫瘍学)、吉川智之(24期、病院腫瘍化学療法部)を含めると、現在の産科婦人科学講座は、古谷と高野以外のスタッフはすべて防衛医大OBとなっており、今後は卒業生の役割が非常に重要となっている。
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学会開催とその意義
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平成18年~31年の間に下記に示す全国的な学術集会を当講座が主催して開催した。これら学術集会の名称と内容をみると、婦人科手術関係(腹腔鏡下手術および女性骨盤底手術)、女性心身医学、周産期・新生児医学、栄養代謝、乳腺疾患、と開催学会が幅広い学術領域に及んでいる。
a. 第17回 吊り上げ手術研究会:平成18年5月26日 、大宮ソニックシティー
b. 第12回 日本女性骨盤底医学会:平成22年5月29~30日、大宮ソニックシティー
c. 第39回 日本女性心身医学会:平成22年8月6~7日、大宮ソニックシティー
d. 第22回 腎と妊娠研究会:平成24年2月25日、東京国際交流館・プラザ平成
e. 第37回日本産科婦人科栄養・代謝研究会:平成25年8月29~30日、大宮ソニックシティー
f. 第21回日本産婦人科乳腺医学会:平成27年3月1日、東京大学伊藤国際学術研究センター
g. 第17回子宮筋層・内膜症病変生検研究会:平成28年7月8日,米子コンベンションセンター
h. 第11回日本骨盤臓器脱手術学会:平成29年3月11–12日,東京大学伊藤国際学術研究センター
i. 第30回日本小切開・鏡視外科学会(LEMIS):平成29年6月2–3日,ベルサール神保町
j. 第37回日本思春期学会,第2回日本産前産後ケア・子育て支援学会:平成30年8月18–19日,一橋講堂
k. 第136回関東連合産科婦人科学会:平成30年11月24–25日,一橋講堂
l. 第7回婦人科がんバイオマーカー研究会:平成31年2月2日,グランドヒル市ヶ谷
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平成18年~31年の間に下記に示す全国的な学術集会を当講座が主催して開催した。これら学術集会の名称と内容をみると、婦人科手術関係(腹腔鏡下手術および女性骨盤底手術)、女性心身医学、周産期・新生児医学、栄養代謝、乳腺疾患、と開催学会が幅広い学術領域に及んでいる。
高野政志教授 挨拶
防衛医科大学校産科婦人科学講座のウェブサイトをご覧くださり有難うございます。
産科婦人科医の高野政志(たかの まさし)です。当講座は1974年開講以来、約50年目となります。古谷健一教授の後任として2019年4月より当講座の教授を務めております。防衛医科大学校は全国で唯一、独立行政法人化がなされていない「国立」の医大であります。第一の目標は「自衛隊医官を育成」することとされています。防衛医大出身の医官は多くの災害において、人知れず災害復旧活動等に貢献してきております。一般的に自衛隊医療のなかで女性医学分野を専攻した産科婦人科医は必要度が低いのではないかとも思われがちですが、災害弱者である女性、妊婦、乳幼児、新生児を救出できるのは産科婦人科医であります。また、女性自衛隊員も増員が予定され、ついには潜水艦にも女性がのりこむ時代となります。女性ヘルスケアに長けた産科婦人科医が絶対に必要なのです。
防衛医大卒業生はGeneral physician女性版を目指して日々、研修をしております。 方、大学病院においては先進的・専門的医療の提供をしつつ、その手技取得にも研鑽を積んでもらっております。また、以前から防衛医大が得意だった婦人科腫瘍学を中心に周産期学、生殖内分泌学の研究も活発に行っております。若い先生方がどんどん、英語論文にチャレンジし、成果をあげてきています。
当教室のスタッフは全員、教育熱心ではありますが、人員不足な部分も否めず、産婦人科の主要4分野全てに対応できないところもありますが、地域の関連施設と協力体制を構築しながら治療全般に精通できるように診療・教育体制を敷いています。産科婦人科に少しでも興味のある学生や若手医師の先生、ぜひ一緒に仕事をしましょう。ご連絡をお待ちしています。
最後にひとこと:埼玉県は魅力度ランキングでは最下位グループですが、住めば都。“いつも快晴”全国1位です。その他にも小松菜、里芋、などなど、いいこといっぱいですよ。
教育の概要
医学科に対する教育として、第4学年に対して生殖器機能系科目(計80時間、全22回)を主催している。ヒトの妊娠・分娩および乳腺を含む生殖機能全般に関する基礎的・臨床的な知識を習得し、課題探究・解決能力・論理的思考と表現力を涵養することを目標としている。具体的には産科を中心とした周産期医学分と、生殖器の解剖・病理から、機能異常や悪性新生物の治療に至るまで幅広い分野を教育している。
また、医学科第5学年に対しては、産科婦人科学の講義を実施している(計6時間、全6回)。この授業においては、最新のトピックスを盛り込んで、産科婦人科学への扉を開くような講義を心がけている。
一方、選択性とはなるが、第4学年に対して研究室配属の科目を実施しており、例年2~3名の学生が選択し、産科婦人科での研究を経験している。婦人科がんにおいては腫瘍免疫や治療抵抗性の基礎研究、周産期医学では出血性ショックを模した動物モデルの研究、さらに生殖内分泌における自衛隊医官へのヘルスケアの実践に関する研究、等を経験できるよう指導している。
臨床実習においては、産科学を2週、婦人科学を2週ずつ患者さんを担当しながら、実践的な対応を学習できるよう指導している。教育指導医、専門研修医、初任実務研修医のチームを臨床実習チームとして、そこへ医学科学生に参加する形で研修ができるようにしている。産科学では、必ず1件以上はお産に立ち会う機会を与えるように、また、婦人科学では手術症例を一緒に学べるよう担当を決めている。あたかも自分が主治医のひとりになったかのごとく体験できるよう配慮している。また、産科婦人科を希望する初任実務研修医の体験談や、日常生活も伝えるようにし、近未来の研修医生活が実感できるような機会になればと配慮している。
一方、医学研究科における教育としては、令和5年度より新カリキュラムが開始されており、産科婦人科学の講義2単位、実習2単位、実験・実習4単位の見直し、改定がなされた。すわなち、大分類として周産期学・胎児医学と婦人科学・腫瘍学の2つを設定し、講義・演習では教官の異動があっても、教育内容に支障がでることなく、完遂ができるような普遍的な内容を中心に教育し、実験・実習では個別の研究課題に対応し深く内容を突き詰めていけるような構成になっている。
初任実務研修、専門研修の教育においては、可能な限り、研修医が実際に手技を習得できるように早期から処置や手術の執刀をされるように指導している。また、医大病院では手薄な分野の症例を経験できるよう、関連施設として、西埼玉中央病院、北部多摩医療センター、みやけ産婦人科クリニックなどと協力しながら研修をすすめている。
研究の要約
婦人科腫瘍の予後予測、化学療法抵抗性に関するもの、産科では出血ハイリスク妊娠の出血予測モデル構築や出血性ショックの動物モデルでの治療などを主体に基礎的・臨床的研究がなされている。具体的には、婦人科腫瘍では、1)薬剤耐性基礎研究(卵巣癌、子宮体癌)、2)卵巣明細胞腺癌の臨床研究ならびに発生病理解析、3)子宮体癌、卵巣癌の病理組織学予後因子の同定、4)血清マーカーや腫瘍マーカーを用いた予後解析モデルの構築、などを、産科では、1)前置胎盤の癒着予測モデルの構築、2)産褥出血動物モデルに対する効果的な治療法の開発、3)産褥出血に対する適切なカテーテルを用いた治療法の開発、などを実施している。
また、臨床研究や治験も多数実施しており、JCOG(日本臨床試験グループ)やGOTIC(婦人科がん臨床試験コンソーシアム)などに所属し、症例登録を積極的に行っている。特に、JCOG婦人科癌グループにおける症例登録数は常にトップレベルを維持している。また、最近は女性医官のヘルスケアに関する介入研究を実施しており、女性のperformanceアップによる自衛隊衛生機能向上への貢献をしている。