国際感染症学
沿革
講座の前身とも言える寄生虫学講座は 初代教授濱島房則が九州大学医学部より、助教授赤尾信吉が慶應義塾大学医学部より着任し、昭和52年4月に開講された。第4学年に進級した第1期生への初講義は同年4月20日に行われている。その後、助手2名 教務職員2名がスタッフとして揃い本格的な教育・研究が開始された。初代学校長の松林久吉は寄生虫学を専門としており、黎明期の講座沿革を記すうえで欠かせない。濱島退官後は、免疫学が専門の多田隈卓史が慶應義塾大学医学部より平成6年10月に教授として着任し、免疫学および熱帯医学を講義、研究の中心として講座の運営を行った。この間助手の福田孝一は動物実験施設の助教授、助手の山上和夫は公衆衛生学の助教授へ栄転し、その後、赤尾の退官、高山英次、佐藤勝輝、小野岳史の着任とスタッフが大きく入れ替わった。多田隈の方針もあり、高山は米国アラバマ大学、佐藤は米国 NIH、小野は米国ニューヨーク大学への留学を果たしている。平成18年3月に寄生虫学講座は廃止となり、4月より新たに国際感染症学講座が創設され、順天堂大学医学部から宮平靖が教授として着任した。また、佐藤の退官後に金山敦宏が入職し、高山の朝日大学歯学部講師への転出後に加來浩器が准教授として着任した。その後、加來は防衛医学研究センターにて、教授/感染症疫学対策研究官(現在は広域感染症疫学・制御研究部門)となった。講座スタッフの坂本なぎさは教務課へ、尾熊丈実は整形外科学講座へ異動となり、山口陽子が配属された。金山は、部外(国立感染症研究所)長期研修により感染症疫学を修得し、令和4年に広域感染症疫学・制御研究部門へ准教授として異動した。
令和5年2月現在の講座構成員は、宮平、小野、山口と、派遣職員の佐藤みのりの計4名となっている。
教育の概要
現在、宮平は感染症系、感染症系(臨)の長として、第2学年の感染症系講義、第3学年の実習及び第4学年の感染症系(臨)の講義を他講座教官らと協力しながら実施している。感染症系/感染症系(臨)は細菌学、ウイルス学、真菌学、寄生虫学、医動物学を含み、国内で重要な感染病原体のみならず、国内での感染危険性がほとんど皆無である感染症についても重点的に教育している。これは、国際感染症は国外において医学的重要性が高いことから、日本の医学教育においてユニークな位置を占める本校学生による将来の自衛隊衛生の国際平和協力業務における円滑な任務推進をにらみながら、積極的に修得すべき疾病群であると言う認識に基づいている。そのため熱帯感染症の講義に力を入れるとともに多種多様な感染症の理解を深める工夫を凝らし、学生の視野を広げ、最新の知識を修得させるために感染症学領域の碩学を招へい講師として招くなど、学生の感染症学の知識定着と学習意欲の向上を目的とした幅広い講義を行っている。さらに、4学生一組のグループ学習を取り入れて、90分間の講義内で自習、レポート執筆、小試験と言う学習ラウンドを繰り返して実施し、学生間で切磋琢磨させ知識と意欲の向上を図る新しい教育技法も実践している。
実習においても本講座はウイルス学実習と寄生虫学実習を担当し、原則として、(1) 病原体に触れ、生活史、疾病病態等について考察する、(2) 国際感染症の検査、鑑別手法の習熟、(3) 国際感染症の世界的現況の把握、の三点を目的として国際的な視野を常に意識して取り組むよう、得難い各種寄生虫の新鮮な材料を揃えるなど実習の充実を図るべく努力を重ねている。
感染症系の試験は、臨床症例や病原体の写真を具体的に提示し、病原体、疾病病態、診断・治療などの暗記が無味乾燥なものにならないように工夫を凝らし、単なる机上の知識では無く、最前線の現場において活用される診断、治療へと至る合理的な思考養成に力点を置いた作問を心がけている。
研究の要約
濱島の在任中は、主として肺吸虫を中心とした研究が行われ、多くの業績を残した。詳細は、防衛医科大学校二十年史に記載されている。
多田隈の在任中は、寄生虫学の他に研究の軸足、重点を免疫や癌の遺伝子治療等へ移し、研究科学生の受け入れや他講座との共同研究を進め幅広い業績を上げた。詳細は、防衛医科大学校三十年史に記載されている。
宮平の着任後は 免疫学的感染制御手法の開発へ向けて技術基盤確立を目的とした基礎研究を、特にマラリア、トリパノソーマという細胞内寄生原虫感染症の動物実験モデルを利用し行って来た。これら感染モデルで得られた知見は、インフルエンザウイルスや HIV といったウイルス感染症または細胞内寄生細菌感染症に対する感染制御手法としても応用可能であり、幅広い展開が期待できる。特に T 細胞免疫応答誘導手法の開発に着目し、人類がこれまで恩恵を享受してきた中和抗体応答誘導という従来型のワクチン手法では感染制御が困難な感染病原体に対し、T 細胞の機能誘導、免疫細胞数の誘導が有効である可能性が様々な知見の集積で予測されている。この観点から、詳細なワクチン手法の条件設定、新規ワクチン手法の発見、開発を目指し、基礎研究推進を目指している。
具体的な研究課題は 以下のものが挙げられる。
(3)–1 シャーガス病動物実験モデルを用いた新規感染制御手法の開発
CD8陽性T細胞(CD8T)の誘導手法は、DNAワクチン、組換えウイルスベクター、樹状細胞を始めとして種々の免疫原を用い開発研究が続けられている。その中で、組換えウイルスベクターを用いた免疫手法は、現時点で最も効率よく CD8Tの免疫応答が誘導できると考えられている。より効果的な CD8Tの誘導手法を開発するためには、適切な実験系の利用が不可欠である。我々は中南米の風土病、シャーガス病の起因細胞内寄生原虫であるTrypanosoma cruziを用いた実験系を、防御抗原の同定(Trans-sialidase surface antigen)とその抗原上にH-2Kb拘束性CD8T誘導配列(ANYNFTLV)を特定することでCD8T免疫応答解析実験系として樹立した。この樹立した実験系を利用して、旧来の免疫療法の殻を打ち破るCD8T免疫応答の誘導手法に着目した新規感染制御手法の発見を目指している。本新規感染制御手法は、他の細胞内寄生感染症であるマラリア、リーシュマニア症、細菌、ウイルス感染症に対する制御手法としても応用可能である。
(3)–2 マラリアの感染制御手法の開発研究
マラリア原虫の複雑な生活環の理解のもとに 「感染阻止」、「発症阻止」、「伝播阻止」のアプローチから進めている。マラリアの臨床症状顕現、致死的経過の原因となる原虫生活期はマラリア赤内型生活期であり、この原虫生活期を制御する「発症阻止」手法の開発が、マラリアの致死、人的、経済的損失を抑えるために最もインパクトの高いアプローチであると考えている。
この考えに立脚し、マラリア赤内型による「発症阻止」手法の発見を目指し、その基盤となる宿主側のマラリア感染制御機構の詳細をネズミマラリアの感染実験モデルを用いて明らかにし、新規マラリア赤内型感染制御手法の開発を目指している。
これまでに マラリア赤内型感染によって抗原特異的CD8T細胞は誘導されるが、ウイルスベクターを用いた積極的CD8T誘導手法を用いてもマラリア赤内型感染に対するCD8Tの感染制御能は最小限の効果に留まることを明らかにした。しかし、T.cruzi感染後、治癒したマウスにT.cruzi由来のANYNFTLV発現組換えマラリア原虫を感染させたところ、T.cruziと共通のCD8Tエヒトープを持つ組換えマラリア原虫感染マウスにおいては対照のマラリア原虫と比較して生存率が改善した。このことは、T.cruzi感染によって誘導される免疫担当細胞の活性化と併せて抗原特異的CD8Tがマラリア原虫赤内型に対し感染防御に機能する可能性を示しており、今後のマラリア感染制御手法の確立において有益な情報であった。
(3)–3 感染症疫学研究
慢性寄生虫感染症の在留外国人における罹患調査研究を、厚生労働科学研究費補助金を用いて行った。この成果は、ひとの移動と共に拡散する慢性感染症の実態調査として寄生虫感染症に的を絞り、その現状を明らかにした点で画期的であった。
(3)–4 他講座との共同研究
小野は、免疫・微生物学講座、整形外科学講座、感染症・呼吸器内科学講座との共同研究を展開しており、着実に業績を挙げている。