泌尿器科学
(1)沿革
昭和52年7月泌尿器科学講座が開設され、同年12月病院泌尿器科が開設され、中村宏先生が初代教授・診療部長兼任で赴任された。その後平成10年4月からは早川正道先生、平成20年4月からは浅野友彦先生、平成30年4月からは伊藤敬一先生が教授(診療部長兼任)を担当し、現在に至っている。スタッフの主な移動としては、宮嶋哲助教が慶應義塾大学泌尿器科学教室助手(現東海大学外科学系泌尿器科学教授)、瀬田香織助教は輸血血液浄化療法部助教、木村文宏講師は西埼玉中央病院泌尿器科部長、住友誠准教授は愛知医科大学泌尿器科学講座教授(現藤田医科大学臨床教授)、瀬口健至講師は東京病院泌尿器科部長(現統括診療部長)、朝隈純一講師は西埼玉中央病院泌尿器科医長、田崎新資学内講師は沖縄徳州会泌尿器科医員、佐藤全伯講師は防衛医科大学校医学教育部准教授、田部井正助教は藤沢湘南台病院泌尿器科医長として転出している。現在のスタッフは、伊藤敬一教授、堀口明男准教授、黒田健司講師、辻田裕二郎講師、新地祐介助教、小林裕章助教、浅野貴子助教からなっている。
(2)教育の概要
泌尿器科学講座は内科学(腎臓・内分泌代謝)、小児科学講座、放射線科学講座とともに腎・尿路系の系統講義を担当している。また鈴木智史自衛隊札幌病院病院長、床鍋繁喜自衛隊富士病院病院長をはじめ自衛隊所属の卒業生にも兼務講師として医学科の講義を担当して頂いている。講義は、コア・カリキュラムに従って行われており、尿路悪性腫瘍(腎癌、尿路上皮癌、前立腺癌、精巣癌など)、副腎腫瘍、尿路感染症、尿路結石症、下部尿路機能障害(神経因性膀胱、前立腺肥大症など)、尿道狭窄症、腎不全治療、泌尿器科外傷・救急疾患、先天異常、女性泌尿器科(骨盤臓器脱など)、男性不妊、性機能障害、性分化異常など、幅広い泌尿器科領域の教育を行っている。BSLの学生には、できるだけ多くの泌尿器科疾患を経験してもらうために、積極的に診療に参加させ、スタッフ、専修医がマンツーマンで臨床教育を行っている。また泌尿器科スタッフのクルズスも充実している。
卒後教育では、原則として多くの手術で専修医(特に6年医)が術者を担当し、可能な限り多くの手術症例を経験ができるよう配慮している(図1)。また、緊急対応が必要な精索捻転症、尿路結石による疝痛発作、重症尿路感染症、腎後性腎不全などは、迅速に診断し適切な治療を行うことを目標としている。
泌尿器科悪性腫瘍や良性疾患に対する腹腔鏡手術は当科の卒後臨床教育の特徴である。若手医師がスキルアップできるように腹腔鏡技術認定医が段階的に教育を行っている(図2)。医学研究科で腹腔鏡技術認定医を取得することが当科としての教育目標である。令和5年度はロボット支援下手術も導入される予定であり、腹腔鏡手術の低侵襲性に加え、さらに繊細で精密な手術へと進化していく大きな変革の年となると思われる。このような流れは、若手泌尿器科医のモチベーションの向上、外科的スキルの向上につながるものと考えている。
また、尿道狭窄症治療及び関連研究も泌尿器科学講座の大きな特徴である。本邦において適切に治療できる施設はほとんどなく、当科が全国随一の症例数を誇っており、他の施設ではできない高度な治療を学ぶことができる。骨盤外傷後の患者さんの治療もたくさん行っており、防衛医大として必須である戦傷医療の教育にもつながると考えている。
近年泌尿器科悪性腫瘍の薬物治療の進歩は著しく、泌尿器癌患者の予後は急速に改善している。患者さんのメリットにつながるように、講座内で議論しエビデンスに基づいた最良の治療を選択できるよう常に努力している。
泌尿器科診療ではバラエティーに富んだ疾患の治療を行っていく必要がある。若手医師が泌尿器科専門医としてできるだけ多くの泌尿器科疾患を経験できるよう、自衛隊中央病院と緊密に連携し、西埼玉中央病院、東京病院、多摩北部医療センター、安孫子東邦病院、埼玉石心会病院、藤田医科大学病院などで部外研修も行い、優秀な若手医師の育成を大きな目標としている。
(3)研究の要約
当科では伝統的に自由闊達な雰囲気で歴代のスタッフが尿路悪性腫瘍(腎癌、前立腺癌、尿路上皮癌など)、尿道狭窄症、閉塞性腎症、腎移植、前立腺肥大症など、多様な臨床及び基礎研究を行ってきた。特に悪性腫瘍に関する基礎研究では、細胞免疫治療、遺伝子治療、薬物治療(アンギオテンシン受容体阻害薬、HMG-CoA還元酵素阻害薬、プロテアーゼ阻害薬、プロテアソーム阻害薬、HDAC阻害薬など)、細胞内シグナル伝達機構の阻害(EGFR阻害薬やSTAT3阻害薬など)、ドラッグデリバリーシステムを用いたアプローチなど様々な基礎研究が行われてきた。また、近年は尿道狭窄症に関連する臨床研究が精力的に行われ、さらに尿道の再生医療に関する基礎研究へと発展してきている。閉塞性腎症(水腎症)に対する薬物治療の一連の研究、泌尿器腫瘍病理に関連する一連の研究も当科に特徴的な研究である。現在当科で行われている臨床および基礎研究について以下に述べる。
1)腎細胞癌の病理組織型は淡明細胞型腎細胞癌が最も多いが、非淡明細胞型腎細胞癌も約20%程度存在する。しかし、希少癌であるため症例数が少なく、転移を有する非淡明細胞型腎細胞癌に対する治療法は確立されていない。防衛医科大学校泌尿器科学講座が主任研究者として、非淡明細胞型腎細胞癌の中の乳頭状腎細胞癌に関する本邦の多施設共同研究を行い、乳頭状腎細胞癌に対するチロシンキナーゼ阻害薬の有用性を示した。また、この多施設共同研究から乳頭状腎細胞癌の診断の難しさが確認され、登録症例の約30%が粘液管状紡錘細胞癌、分類不能型腎細胞癌、集合管癌、転座型腎細胞癌などに再分類された。免疫組織学的研究の重要性を認識させられる結果であり、この研究成果も論文として報告している。現在も希少腎癌である粘液管状紡錘細胞癌の症例を全国のhigh volume hospitalから集積しており、薬物治療の有用性についての後方視的研究を開始している。
2)腎癌には臨床的に有用な特異的腫瘍マーカーは存在しない。早期発見や再発の早期検知に利用できる簡便なバイオマーカーは存在せず、未だ画像診断に頼っている現状がある。腎癌の分子的背景は未だ不明な点が多く、その特性を解析し、非侵襲的早期診断や病勢予測、治療効果の判定に繋がる技術開発が求められている。我々は分子生体制御学講座との共同研究として、日本発の技術である包括的高感度転写産物プロファイリング(HiCEP)法にNGSを組み合わせた新規の高感度解析法 (NGS-HiCEP法)を用い、腎癌特異的な分子の探索を行っている。
3)当科では尿道狭窄症に関連する臨床研究を精力的に行っており、外傷直後の治療選択が続発する排尿障害へ及ぼす影響、外傷後に続発する後遺障害の治療プランを決定するための画像診断法、尿道再建手術の治療成績など、数多くの研究成果を報告している。また、再建手術をさらに発展させ、現状の技術では治癒しない患者を救済するために、組織再生工学を利用した新しい尿道代用組織の開発を目指し、医用工学講座と共同で、基礎研究を継続的に行っている。さらに、エクソソームを用いた尿道粘膜再生のプロジェクトも他大学との共同研究として進行中である。
4)転移性腎細胞癌の治療薬として、現在抗PD-1抗体をはじめとする免疫チェックポイント阻害薬が使用されている。PD-1はTリンパ球に発現し、腫瘍免疫に対して抑制的な作用を発揮する。最近腫瘍浸潤免疫細胞におけるPD-1、PD-L1の発現がその腫瘍の悪性度や予後を反映することが過去に確認されている。当科では、転移のないpT1b腫瘍において、癌微小環境における腫瘍浸潤免疫細胞のPD-1、PD-L1発現が再発や予後に関連するかどうかについて、病態病理学講座と共同で検討を行っている。また最近は腫瘍壊死にも注目しており、再発・予後因子としての有用性についても検討を進めている。
5)当講座では、上部尿路上皮癌(尿管癌と腎盂癌)に対する病理学的研究を進めている。最近の研究成果としては、上部尿路上皮癌の腫瘍先進部の簇出(budding)が、尿路外再発の非常に強力な再発予測因子であることを確認し報告した。現在はbuddingよりもさらに多くの細胞集塊として癌間質に浸潤していく病理所見を浸潤癌細胞集塊(SCI)と定義し、SCIの再発・予後予測因子としての有用性について検討を進めている。これらの研究は、当施設だけの検討だけではなく、慶應義塾大学や藤田医科大学、防衛医大の連携施設などの協力のもと多施設共同研究へと発展を見せている。
6)2023年4月に赴任した小林裕章助教が中心になり前立腺希少癌である前立腺導管癌の基礎研究を進めている。防衛医科大学校病院、慶應義塾大学病院及び、防衛医大関連施設を含めた多施設共同研究の形式で前立腺導管癌患者の臨床検体及び臨床データを集積し、がん微小環境マーカーの発現を評価することで詳細ながん微小環境の解明を目指している。次世代シーケンサーやリキッドバイオプシーを用いたゲノミクス解析を行うことで、本邦最大の前立腺導管癌ゲノムライブラリーの構築を目指している。
7)当科では先進医療として腎細胞癌に対するラジオ波焼灼療法を行いその治療成績を過去に報告してきた。現在も放射線医学講座と緊密に連携することにより、小径腎細胞癌に対する凍結治療を行っている。凍結治療前に塞栓術を行い腫瘍の血流遮断とマーキングを行うことにより治療効果に与える影響について検討を行っている。
8)当講座ではラットの閉塞性腎症モデル(水腎症モデル)を用いて腎間質線維化、尿細管アポトーシスなどの腎障害のメカニズムの解明と、その治療薬の開発の試みを行ってきた。これまでに腎TGF-β産生を抑制する薬剤(トラニラスト、COX-2阻害薬など)、NO供与剤(L-アルギニン、アドレノメデュリンなど)、抗酸化剤、NFκB阻害薬などを用い、その効果を証明し多数の報告を行ってきた。最近の研究としてはニコランジルを用いた研究を行いその有用性を証明している。
9)臨床研究として、泌尿器科画像診断に関連する研究(前立腺癌、尿道狭窄症など。放射線医学講座との共同研究)、腎細胞癌における炎症性マーカーの再発・予後予測因子としての有用性、上部尿路上皮癌(尿管癌及び腎盂癌)における再発予測モデルの確立、腹腔鏡下前立腺全摘除術における尿失禁改善の手術手技の工夫、その他各種腹腔鏡手術の有用性に関する臨床研究、骨盤臓器脱治療の有用性に関する検討、転移性腎細胞癌及び尿路上皮癌における分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの有用性の検討など、臨床研究も精力的に行っている。
泌尿器科学講座スタッフや研究科学生が、米国ニューヨークのコーネル大学やドイツのデュッセルドルフのハインリッヒ・ハイネ大学に留学し、新たな知見や実験手技などを取得し帰国してきている。これらの経験は泌尿器科学講座の研究の発展につながっている。
(4)診療の概要
診療としては、腎癌、前立腺癌、膀胱癌、腎孟尿管癌、精巣腫瘍、陰茎癌などの泌尿器科悪性腫瘍の診断や治療、尿路感染症、前立腺肥大症、尿路結石症、神経因性膀胱、尿道狭窄症、泌尿器科外傷、副腎腫瘍、腎盂尿管移行部狭窄症、骨盤臓器脱等の良性疾患、腎不全患者に対する治療、泌尿器科救急疾患、男性不妊、性機能障害など、多様な疾患の診療を行っている。また、緊急対応が必要な精索捻転症、尿路結石による疝痛発作、重症尿路感染症、腎後性腎不全などには迅速に対応し、地域医療に貢献している。
当科の手術療法は根治性を追求することはもちろんであるが、その中においてもできる限り低侵襲な治療を提供できるよう努めている。泌尿器科では5名のスタッフが泌尿器腹腔鏡技術認定医の資格を取得しており、腎癌、腎孟尿管癌、前立腺癌、膀胱癌、副腎腫瘍、腎盂尿管移行部狭窄症、骨盤臓器脱などに対して、積極的に腹腔鏡手術行っている。この中でも、前立腺癌に手術に関しては尿禁制を改善する術式の工夫を行っている(図3左)。また難易度の高い腎盂尿管移行部狭窄症の腹腔鏡手術も行っている。小径の腎細胞癌において手術リスクの高い患者に対しては、放射線科と協力して凍結療法を行っており、他施設から多くの患者を紹介していただいている。これらの低侵襲治療を積極的に行う一方、巨大腎癌、腫瘍塞栓を伴う腎癌、巨大な後腹膜肉腫、精巣癌の広範なリンパ節転移に対する後腹膜リンパ節郭清など、難易度の高い開放手術も積極的に行っている。
転移性泌尿器悪性腫瘍に対する治療法は近年急速に進歩しており、新規の化学療法、分子標的治療、免疫チェックポイント阻害薬、新規薬物治療(前立腺癌の新規治療薬、尿路上皮癌に対するエンホルツマブ べドチンなど)など様々な有用な薬剤が保険収載されてきている。ベストな選択ができるよう1例1例、カンファレンスで慎重に検討を行っている(写真1)。また癌治療は集学的治療の時代であり、薬物治療に局所治療(手術切除、転移巣切除、放射線治療など)を適宜併用していくことで患者さんの予後が改善する。薬物治療と局所治療のタイミングを計りながら、粘り強く治療を行っている。今後はさらにロボット支援下手術の導入も予定されており、防衛医大泌尿器科手術も新たな時代へと向かっていくものと確信している。この先進技術を安全に導入し、さらに発展させることは次の10年の当科の大きな目標の一つとしてとらえている。
外傷性、医原性の尿道狭窄は、これまで内尿道切開、尿道プジーによる治療が主な治療法であったが、再発率が高く患者の QOL が著しく損なわれていた。当院では、狭窄部を完全に切除し、尿道の端々吻合、口腔粘膜や陰茎包皮を用いた様々な再建手術などを行っている(図3右)。様々な再建治療を駆使することにより、尿道狭窄症の治療成績は格段に向上した。防衛医大では治療に難渋してる患者さんを全国から受け入れ、本邦では防衛医大にしかできない様々な高度な尿道再建手術を行っている。
尿路結石症に対しては、体外衝撃波結破砕装置(ESWL)、尿管鏡を用いた経尿道的砕石術を行い、完全砕石を目指している。尿路結石症に対する治療法の進歩も近年著しく、経皮・経尿道同時内視鏡手術(RCIRUS)なども盛んにおこなわれるようになった。このような技術の導入も今後の当科の目標である。
女性の骨盤臓器脱によって起こる腹圧性尿失禁や膀胱瘤の患者さんに対して、経腟的メッシュシートを用いた手術、腹腔鏡下仙骨膣固定術などを積極的に行っている。最近は近隣の病院から多くの骨盤臓器脱症例を紹介していただき、安定した手術を行っている。
慢性腎不全の患者の管理は、輸血・血液浄化療法部、内科学講座(腎臓・内分泌代謝)が中心に行っている。当科はブラッドアクセスや腹膜留置カテーテルの挿入などの面で貢献できればと考えている。当科は開院以来、積極的に腎移植を行ってきたが、現在は当科の人員の問題で腎移植を休止している。将来的には体制を整え、腎移植治療を再開できればと考えている。
埼玉県は全国1の医療過疎地であり特に所沢西部地区は救急・重症患者を受け入れる病院は多くはない。当科は精索捻転症や重症感染症などに対応しており、地域の“最後の砦”としての機能を果たすべく努めている。
自衛隊中央病院の泌尿器科とは、年2回の合同カンファレンスを開催しており、教育面、診療面で常に緊密な連携をとっている。また防衛医科大学校病院の近隣には、防衛医大泌尿器科の多くの同窓生が西埼玉中央病院、独立行政法人東京病院、北部多摩医療センターに常勤医として勤務しており、密な診療ネットワークを形成している。また、入間川病院泌尿器科や近隣の泌尿器科クリニックとも良好な関係を構築しており、緊密に連携し地域医療に貢献できるように努めている。